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声優名 長谷部真子  [ 声優詳細情報 ]
価格 1101円 文字数 3283文字
サイズ 7688.2 KB 公開日 2022年1月21日
声のタイプ 自己紹介 ファイル形式 mp3
売れ行き
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作品内容  朗読となっております。

台詞
芝山の頬が次第に紅潮して、手が微かに震えてきた。左手で、また腹を撫でた。そして、腹の皮をぐっと左へ引き寄せると同時に、切っ先を左手の指のきわに当てて、肩で大きい呼吸をした。
「は————」
瀬川をはじめ一座の女たちの眼が異様に光ってきた。
芝山は意を決したように、ぐっと背筋を伸ばして腹をせり出し、真っ直ぐに正面を見据えて、「御一同様、おさらば」
かすれた声で言うと、短刀の切っ先をぷつりと左脇腹に突き立て、眉も動かさず一気にきりきりと臍の下を左に引いた。
「あッ、あッ、あッ——」
雪のような下腹に鮮やかな紅の一文字が描かれ、浅いながら皮肉を断った切口から噴き出す鮮血が簾のようにたらたらと肌を伝った。
しくじらぬように、と女たちは念じた。そして、自分が腹を切っているように、額に、腋の下に、冷汗を流して、膝も身体も震わせながら蒼白になっていた。一人の若い腰元は、初めて見る実際の切腹に、眼を張裂けるほど見開いて、乗出すようにしながら芝山の手元を見詰めていた。一人は眉をひそめ唇を噛んでいたし、ある老女はうつむいて時々ちらっちらっとしか見なかった。
芝山は右腹から短刀を抜くと、やや眉をひそめて俯いて腹を見ながら、落ち着いた態度で血に染んだ刃を返して左に向け、一文字の切口の右端に当てた。これは一部の女たちにとっては意外な行動であった。しかし芝山はためらうことなく、やや両膝を開き腰を浮かすと、短刀を握る右手に左手を持ち添え
「うっうっうっ」
と低く呻きざま、今度はずぶと深く二寸余りも腹中に刺し通した。
「ううーっ、う、うれしい。確かに切っ先は腹中深く届いておりまする」
追腹のような介錯なしの切腹は、臓腑が出るまで深く切らねば絶命しない。しかし女は腹の肉が厚く、かつ非力なため、一刀で深腹を切ることは難しく、中途で力尽きて醜態を晒すことが多い。そこで一刀目は浅く切れ目長い一文字の腹皮切りにとどめ、右腹で刃を返して今度は右から左へ逆に深く切り裂く返し腹、あるいは再度左腹から深く右へかき切る二度切りが手際よいとして口伝されており、芝山もそれに従ったのである。_
芝山は眼を大きく見開き唇を噛み締めた凄まじい表情で、両腕に力を込め腰を捻るようにして、深く突込んだ刃を既に皮肉が断たれた切口に添って逆にぐいぐいと引き回した。
「クッ、ウッ、む——せ、せっぷく、この通り。うッ、うーむ、あーッ」
そして左の脇坪まで深々とかき切ってしまうと、刀を突立てたまま左手をがくがく震わせ、右手をばったりと布団の上へ突いて、うつむきながら肩で荒い息をついていた。
「はっ、はっ、はっ」
切口から湧き出す血は下腹から膝前までを真赤に染め、白布の上にまで散りしぶいている。
芝山の端麗な顔は蒼白になった。額にびっしりと油汗が浮かび、眼の周囲に黒い隈が現れてきた。それは臓腑を割いた苦痛と、それから死の前兆であった。
「うむ、うむ、ううむ……さればいま一息で一文字に…うーむっ」
悲痛な呻き声に女たちは固唾を飲んだ。切口は五分余りも口を開いて、血に染まった脂肪と真赤な腹肉が厚い層を現していた。
「アーっ……うわっ……む———ん、うーっ、は、はらわたが出まする」
そして、その間から灰白色の腸管が出たり入ったりしていたが、芝山が苦痛に呼吸を大きくし身体中に力を入れるたびに切口から少しずつ押し出されてきて、
「あっあっあっあっあっ——」
一管がむくりとはみ出すと、すぐその続きがぬるぬると滑り出てきて切口から膝上に広がった。女たちの何人かが、うっと呻いて袖を口に当てた。
「う、う、あーっ……はっ、はっ、はっ——」
芝山は、顔を伏せて低く呻きながら、肩で呼吸をしているだけだった。
「お局さま…」一人が叫んだ。返事をしなかった。そして布団に突いていた手をじりじりと膝の上へ挙げて体を起こし、刀を腹から抜いた。切っ先は中巻きの所までべっとりと血と脂に染まっていた。
芝山は顔を挙げようとしたが、暫くじっと……そして、震える左手で切口を探って、
「げえっ、ぐぐぐ…アーっ、う、うむっ……、あーっ、ぐえっ……」
膝の上に溢れ出してくる腸管を腹中へ押込もうとしたが、ぬめぬめと滑りうごめく腸を元へ戻すことはもはや不可能で、呼吸をするたびにさらにもくもくと押し出されて膝上から滑り落ち白布の上を這った。
「はっ、はっ、う、う、あーっ……」
下半身はもはや紅壺に漬けられたようで、白布の上にも大きな血溜まりができている。顔を挙げた芝山の表情は既にこの世のものではなかった。秀でた眉も、涼しい瞳も、常とはまったく変ってしまっていた。額から首筋までは水を浴びたように冷汗に濡れ、その顔色は蒼白を通り越して鉛色に変じていた。
ただ唇の死化粧の紅だけが異様に鮮やかであった。
「お心静かに」と、堪りかねた一人の老女が叫んだ。
芝山は微かな声で
「おさらば…あーっ、うーん——」
と言って眼を開こうとしたが、もうその力さえ充分でなかった。瞳は開きかけて空虚であったし、すぐ眼は閉じてしまった。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
鯉のように開閉する唇から断続的に漏れる喘ぎが次第に間遠になり、やがて体が大きく揺れるとどさりと右前に倒れ、ついでごろりと転がって、蒲団の血溜まりの上に横たわった。
「ああ おおおおお…あっ、うーむ、は———……」
そのはずみに腹の切口が大きく開いて、まだ腹中に残っていた大小腸がぞろぞろと溢れ出し、蒲団の上に白い湯気を立てながら長々と拡がった。
断末魔の痙攣が二度三度と全身を走り、裾が乱れて真白な内腿まであらわになった。そして流れ出た色とりどりの臓腑は、主の呼吸が絶えた後も、なお残る命のしるしのようにむくむくと蠕動を続けていた。_
……せっぷく……これが切腹というものか……
女たちの大半は、初めて見た本当の切腹の凄まじい光景に、ほとんど虚脱状態であった。生前のあでやかな容姿と、今眼前に腹を割き臓腑を流し出した凄惨な姿で横たわる屍との余りの隔絶に、言葉どころか指一本動かすことさえできなかった。一方、他の女たちは、あの美貌が別人のように変じた鬼気迫る形相、無惨に切り裂かれ真っ赤な口を開く白く滑らかな腹、流れ出す鮮血と臓腑の戦慄的な美しさ、そして「追腹」という名のもとに、朋輩たちの前であられもなく肌を露わし、腹を割き、呻き悶えながら死んでゆく凄艶な光景を目のあたりにして異常な昂揚状態に陥り、瞳は開き、呼吸を荒らげ、顔を紅潮させながら、自分が切腹したように腹を揉みしだき、股間を濡らして喘いでいた。
「あっ、うーっ、ひえっ、あっ、は—— …」
香のかおりに混じって、血と臓腑の醒臭、そして興奮した女たちが発散するむっとする体臭が室内に息苦しく立ち込めた。
「芝山様、奥方様への追腹、見事に仕舞われました」
瀬川が一同を制するように大声で言った。
はっと我に返った女たちの中から唱名の声が一斉に起こり、啜り泣きが聞こえだした。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
その中で、ようやく絶命した芝山の亡骸は腰元たちによって蒲団ごと隣の間に移され、そこで僧の読経を受けながら、乱れた髪を櫛削り、血を拭い清め死化粧を施すと、無惨な傷口に豪華な裲襠(うちかけ)を掛けて覆い、一同の合掌の中で納棺された。眠るように横たわる芝山の死に顔からは先程の苦悶の色は消え、常の端正な美貌に戻って、大役を果たした安堵の微笑さえ漂っているように見えた。ただ華やかな裲襠の上に置かれた血染めの腹切り刀に、女たちは改めて先程の凄惨な姿を思い浮かべていた。
こうしてみごとな追腹を遂げた芝山の遺骸は、北の方様の御墓所に並べて葬られ、その名を後世に残した。
戒名は清蓮院白山大姉。享年二十六歳。
(作者註
本文中の芝山関係の人名地名は筆者の創作です)


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