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声優名 長谷部真子  [ 声優詳細情報 ]
価格 845円 文字数 2976文字
サイズ 6607.1 KB 公開日 2021年10月7日
声のタイプ 自己紹介 ファイル形式 mp3
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作品内容  中臈芝山の追腹殉死 朗読です。

台詞
中臈芝山の追腹殉死
宮坂三郎
江戸幕府の基礎が安定し、長い太平の時代が始まってからも、主君の死去に際して、ご生前のご寵愛に報い、あの世までお仕えするために切腹して殉死する、いわゆる追腹は、もはや戦いの場で華々しく討死を遂げる機会を失った武士たちにとっては、戦国の世とはやや意味を異にした忠節の表現として相変わらず盛んに行なわれ、それも主君や上司が男性の場合だけではなく、女性のかたの御死去に当っても、それが主君の北の方である場合はもちろん、ご母堂とか姫様のような御縁者である場合には、その身近にお仕え申していた婦人、特に老女・中臈や侍女が追腹を切ってお供することが稀ではなかった。
たとえば殉死の風の盛んであったことで知られる佐賀鍋島藩で、寛永六年に鍋島直茂の正室陽泰院が死去したときの殉死者八人のうち四人が女であり、また寛永十二年六月に鍋島勝茂(直茂の子)の長女で上杉定勝に嫁いだ傅高院が死去したときには、鍋島家からお側仕えとしてついてきた里口九郎右衛門とその妹、藤井兵左衛門胤重とその女房、脇屋采女とその女房が殉死している。夫婦揃っての追腹というのは珍しくないが、兄と妹というのは余り例を見ない。
しかも里口の家には兄妹のみで男子なく、藤井家には二歳の娘がいたがそれを遺して夫妻で切腹し、その女子も早逝したため両家とも断絶した。ほかにも子孫が断絶している殉死者も多く、山本博文「殉死の構造」に従うと、子孫の栄達のために切りたくもない腹を切るという「商腹(あきないばら)」などという表現がいかに浅薄なものかがわかる。
また他の資料によると、鍋島藩初代勝茂公の姉、藩祖直茂の長女千鶴の死去に当って追腹殉死した十名のうち実に八人が女性であり、そのほか主君の若君が早世した場合、その乳母が、あの世でも御扶育に当るために追腹を切っている例もいくつか見られる。乳母といえばまだ若い人妻であったろうに、哀切のかぎりである。そして寛文三年、四代将軍家綱によって殉死禁止令が出されるまで、全国で殉死追腹を遂げた男女は、記録から漏れている多くの者たちを含めると厖大な数にのぼるであろう。
ここに記すのも、その記録の陰に埋もれた一例である。
寛永十五年、熊本藩細川侯の北の方の突然の御逝去により、家例に従ってお側仕えの中から選ばれた中臈芝山が追腹を切ることになった。芝山は中臈の中でも美貌で知られ、殿のお目にも止まって、側室として差し出すよう内々北の方を通じて打診されたが、北の方は芝山がいたくお気に入りで奥付きから手放すことを再三拒絶された。芝山も北の方のご寵愛に深く感激し、以前にも増して献身的にお尽くし申し上げていた。また本人も才色兼備な上に武芸の心得もあり、このたびの御死去に当ってこの女なら殉死して当然であり、また立派に腹いたすであろうと重役方の意見が一致して、その旨を芝山に伝えたところ、本人も既に北の方のご生前からお供する覚悟を直々に申し出てお許しを得ており、家族も一門の名誉と喜んでお受けした。
追腹の儀は細川家の菩提寺の霊岸寺で行なわれることとなり、別院の一間に方式通りの切腹の座が整えられた。逆さ屏風を立て、畳を二畳裏返した上に白布団を敷き、その上に舶来の毛氈と、それを覆う白布が敷かれてあった。白布の前に据えられた三方には、切っ先三寸を残して杉原紙で巻いた腹切り刀が載せられ、その傍らの文机の上に短冊と硯箱と香炉が置かれてあった。香炉からは紫色の煙がゆるく立ち昇っていた。
敷居を隔てた隣の座敷には正装に威儀を正した老女、中臈たちが居並び、心持ち顔を青くしながら、芝山が高僧から本堂の仏前で回向を受けている間を待っていた。腰元らはそれぞれ次の間だの廊下だのに座って、ただ押し黙って固い表情で面を伏せ、咳(しわぶき)一つする者もなかった。
突然、後ろの襖が開いて、白一色の芝山の姿があらわれ、ちらと一同を見て軽く目礼すると、確かな歩みで座敷中央の白布の上に三方を前にして座った。続いて筆頭老女の瀬川が入ってきて襖を閉め、切腹人の右前の席に一同に横顔を見せて座った。芝山は白無垢に白絹の扱帯(しごき)を締めた死装束。長い黒髪を束ねて背に垂らし、やや濃いめに紅を挿した死に化粧が、面長の端正な美貌に映えて凄艶である。付き添う瀬川は、納戸色の着物に黒の裲襠を掛け御殿髷に結い上げた喪装で、能面のように顔をこわばらせ、眼だけが異様に光っている。
切腹の席に就いた芝山は、立上る香の煙が天井へまでも消えないで昇って行くのを、じっと眺めていたが、やがて文机の上の短冊を取ってさらさらと歌を書付けた。
「辞世……」
女たちは一斉に頭を下げて聞入った。
「みあと慕い辿る山路は闇ならで 足もと照らす月のさやけき」
二度繰返すと短冊を膝前に置き、静かな声で
「これより奥方様のお供を仕りまする。いずれも様、御見届け下さいませ」
と言った。女たちは、微かに肌を震わせながら、迫ってくる恐怖と好奇心とに身体を固くしていた。
重苦しい沈黙を破って、瀬川が「では…」と声をかける。芝山はうなづいて両手を膝前につき深く一礼すると、するすると扱帯を解き、腰紐を腿の付根あたりに低く締め直すと、白無垢の両肩を左から右と脱いだ。そして腰の辺りを入念に整えると、白綾の襦袢の襟を、両手を襟にかけてぐいと引き広げた。二十路半ばを越えたとは思えぬ引き締まった乳房と腹が一同の前にさらされた。
さらに芝山は入念に腹のあたりをくつろげて、臍の下まで充分にあらわすと、濃い恥毛の生え際がちらりと覗いた。男子禁制の奥勤めに過ごした芝山の腹は薄く脂がのって雪のように白く清らかであった。女たちの視線が一斉にそこへ集中し、そして〈今少しの後には、あの御方が御自分であの短刀であのお綺麗なお腹を切り裂かれ、血にまみれ、お腹わたも露わなお姿で死なれるのだ。日常は随分と気丈で取り乱したことのない芝山さまではあるが、切腹のご苦痛は並大抵のことではあるまい。それを堪えようとしてあの美しいお顔を歪め、身を捩って呻き悶えるご様子はどのようだろうか。だいいち、そんなことが本当に起きるのだろうか〉と、言いようのない不安に心を痛めながら、一方では初めて見る切腹の光景への残酷な期待に胸をときめかせていた。
支度を整えた芝山は、右手を伸ばして三方から腹切り刀を取り上げ逆手に握り直した。すると二人の腰元がにじり寄って、一人は短冊を三方に載せて退き、一人は文机を隅へ片付けた。芝山は眼を伏せたまま、刀を持った右手を膝に置き、左手でゆっくり下腹を揉んでいた。女たちが時々軽い咳をするだけで何の物音もしなかった。
芝山の頬が次第に紅潮して、手が微かに震えてきた。左手で、また腹を撫でた。そして、腹の皮をぐっと左へ引き寄せると同時に、切っ先を左手の指のきわに当てて、肩で大きい呼吸をした。瀬川をはじめ一座の女たちの眼が異様に光ってきた。
芝山は意を決したように、ぐっと背筋を伸ばして腹をせり出し、真っ直ぐに正面を見据えて、「御一同様、おさらば」
かすれた声で言うと、短刀の切っ先をぷつりと左脇腹に突き立て、眉も動かさず一気にきりきりと臍の下を左に引いた。雪のような下腹に鮮やかな紅の一文字が描かれ、浅いながら皮肉を断った切口から噴き出す鮮血が簾のようにたらたらと肌を伝った。


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