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声優名 綾瀬とりこ  [ 声優詳細情報 ]
価格 2040円 文字数 9611文字
サイズ 119033.2 KB 公開日 2021年7月11日
声のタイプ 落ち着き、店員 ファイル形式 zip
売れ行き
 この作品の販売回数 : 0回
作品内容  (朗読)亡くなった主の後を追い、切腹で殉死をする女たちの話
〜序章〜

台詞
壮絶無残艶色美女割腹比べ
競い合う女郎花の腹切り


「奥向総取締九島どのがこの身に所用とは」
江戸家老柿崎内膳の問に
「この度傳高院さまご逝去に伴い、佐賀より付き従い参りました老女松川並びに侍女おゆう、おさやの三名が殉死追腹仕りたき旨申し出てございまする」
〇「奥向総取締九島どのがこの身に所用とは」 江戸家老柿崎内膳の問に →
「なるほど。傳高院さまご逝去となれば佐賀よりの者はお役目は終えしこととなり、佐賀へたち戻ることになるわけではあるが、主を失いてそのまま戻りもなるまい。髪を下ろし尼にでもなれば格別、そのままたち帰れば士道に叶わぬとあってどのようなことになるか。それが佐賀の家風であろう。となれば、何処までも供いたすほか致し方有るまい。殉死追腹も止むを得ぬ事であろう」
「仰せのとおりと存じまする。それはそれで致し方なきこと、いえ、当家の誉れともなりましょが、さればそこで考えねばなりませぬ」
「そ
「はてーー」
「ご家老にはお考え及ばれませぬか」
「むむ、さてーー」
「内膳どのとも覚えませぬ。佐賀より従い参りし者が追腹いたして、ご当家はなんとなされまするか」
「むむ、なるほど。これは迂闊じゃ」
「で、ごさいましょう」
「じゃがそれはそこもとの役目であろうがな。この身に相談されずともしかるべくお計らいなされてよるしかろうに」

「私とてそれは承知しておりまする。が、佐賀の者の申すには、佐賀の家風に従い、女とて武士と等しくまことに切腹、それも介錯無用とのこと。さすれば当家の者のみ女尋常の自害にては後れをとることなりまする」
口語訳:「私もそう思っています。しかし佐賀からきた傳?院さまの従者達は、殉死の席では佐賀のやり方で女ながらも武士と同様の介錯なしの切腹をしたいというのです。そうすると上杉家の殉死者だけが普通の(喉を突く)自害をすると、婚家との
「なるほどのう。佐賀は龍造寺の昔より武辺の地と聞こえし処、女ごとてさような家風に育ちしか。とはいえ、我が上杉家とて不識庵様以来の名家じゃ。後れてはなるまいぞ」
口語訳:す。女でもそのような武辺者の家風に育つのですね。とはいっても我々上杉
「この身が、傳高院さまお供いたせと申しつくれば、否とは申す女ごはありませぬ。なれど切腹となれば、これは些か思案でこざいます。佐賀の者に劣らぬ手際見せねばなりませぬ。よし、よう致したとて、不手際あれば恥の上塗り、生なかの者にては勤まりませぬ。と申して、軽輩の者にてはよからず、佐賀の者に等しさ身分の者でのうては叶いませぬ。尤も傳高院様さま付きの三山は役目上、覚悟いたしおりまする。当家老女の名にかけてもなんとかし終えましょうが、残る二人でございます。尋常の自害なればいざしらず、介錯無しの切腹を為遂げる者となればこれはなかなかにーー」
口語訳:「私が傳?院さまのお供して殉死しなさいといえば、いやだという女は上杉
九島の言葉も途切れます。内膳も腕をくんで思案顔です。
「そうじゃ。別式なればし遂げるのではあるまいかのう。それに傳高院さまご存命中はお駕籠脇に従い警護役勤めし者なれば、お供いたす理由は立とうというもの」
「よいところにお目をつけられました。たしかに武を以てご奉公いたす別式なれば、女とてその心は武士でのうてはなりませぬ。早速召して質してみるといたしましょう」
>>九島「よいところに眼をつけられました。」
口語訳:「(別式女とは)よい適任者を見つけられましたね。」
召し出されて、委細を告げられた別式頭の如月は、さすがに一瞬面を強張らせましたが、
「心得ましてございます。われら別式は女なれど、男姿にて両刀を帯び武芸を以てご奉公致すからには、自害の作法も武士に等しく切腹とはかねてよりの覚悟にございます。尤も介錯なしということは心得ませねど、佐賀のお方が成し遂げらるるとあらば、われらに出来ぬものでもありますまい。決して当家の名に恥じぬよう致してご覧にいれまする」
と頼もしい返答です。
如月は自分を含めて五人の部式を集め、事情を告げました。やはり一瞬の躊躇がありましたがすぐに
「如月様のお心のままに」
と覚悟した返答です。
「一人はこの如月が勤めます。あと一人はーーーー」
「(殉死の)一人はこの如月が勤めます。あと一人は・・・」
如月もやはり言葉に詰まります。いずれを選んでも否はありませんが、いずれを選ぶかは決めかねるところです。ためらう如月は遂に

「一人は籤と致します」
と云い四名の名を託した紙片を紙縒りにつくり九島に引くように頼みました。
名を書いた紙片をこよりにして籤を作り、九島さまに引くように頼みました。
九島は傳高院の位牌の前に四本の籤を置きしばし祈念を込めていましたが、目を閉じ一本を抜き出しました。九島が紙縒りをほどくと、葉月と記されてありました。
「おお、葉月。そなたじゃ」
九島は傳位牌の前に四本の籤をこめていましたが、目を閉じ
葉月は五人の別式の中で十八歳、一番若年です。別式は武芸を以て奉公致すこと故普通の侍女と異なり、二十歳以上の者が普通ですが、葉月は父が町道場ながら一家を成し、その訓えでなかなかの心得あり、九島がかつて代参で他出の折り、女と見て悪ふざけかかる旗本の二三男たちを軽くあしらうのを目にし、召し出した者です。

葉月は五人の別式女の中で十八歳の一番若手です。別式女は武術が主任務で勤務をするため、普通の侍女と異なり、年齢は二十歳以上が普通でしたが、葉月の父親は、町道場ではありますが武術家でもあり、その訓練を受けた葉月も大変、武術の心得があり、以前、九島が主の代行で城から他に出張した時の通りがかりで、女とみて悪ふざけをしようとしたニ三人の旗本を葉月が軽くあしらうのを目にしましたので、別式女として召しだした者です。

如月は
「葉月はいまだ若年、また譜代の者でもなく、籤なれどこの役は他の者にーー」
と、まだ女として先のある葉月をかばいました。
如月は「葉月はまだ若い。また代々、上杉家に仕える正式な武士団の者でもない。
「そうよのう」
九島も如月の意のあるところを察し同意の様子に、葉月は
「おそれながらお二方さまのお言葉には、葉月無念でございます。傳高院さまご位牌の前にての籤をお引きなされしを保護に成されては、傳高院さまお心を蔑ろにいたされることになるかと心得ます。若年未熟、不覚悟と思し召されてのこととあれば、葉月、別式としてご奉公叶わぬ者とのお心と存ぜられ、葉月無用の者となりまする。然る上は甲斐なきこの身。ただ今この場に切腹いたしまする」
といと小刀を外し、袴の紐をゆるめ切腹の仕度です。
「そうですね」九島も如月の考えを察して同意する様子をみて、葉月は「おそれながら御二方さま
「これ待ちや」
九島が声をかけ、如月が葉月の手を抑えます。
「そなたの覚悟を疑うものではない。ただ女として先々幸せある身を散らすを忍びがたいと思うからじゃ」
「そうですよ。葉月さま。なにも切腹されるばかりが傳高院さまのお心に叶う訳でもありませぬ」
別式の仲間たちもいさめます。
「これ、少し待ちなさ
ることばかりが傳?院さまの御意志に適う事ではありません。」
別式女の仲間たちも諌めますが、葉月は返答します。
「ならば何故如月様には、供は誰とはっきり申されませぬ。だれと名指されて、葉月が名指されぬときは私が未だ至らぬ故とあきらめまする。それを籤に為され、籤に当たり手から外されては武士なればこの上なき恥辱、別式とて同じと心得まする。恥辱を受けておめおめとすまされぬは、皆様とてよくお分かりのことと存じます」
葉月の言い分はまことに尤もです。如月も返す言葉がありません。
「ではなぜ(私達の頭目である)如月さまは、お供は誰だとはっきり言わないのですか?誰だと名指しされて、葉月を指名されない時は、私がまだ至らぬからだと諦めるでしょうはない事は、皆さまもよく分かっている事でしょう。」
葉月の言い分は誠にもっともな話です。如月も返答できません。
「あい分かった。葉月の言い分尤もじゃ。如月、葉月に供を申しつくる。葉月は如月に切腹の作法また覚悟のほどしかと教えを受けよ。よいな」

九島が断を下しました。如月の部屋に集まると
「よしなきことを口にいたし、すまぬことをしました。許して下され」
と如月が謝るのを、葉月も
「出過ぎたことを申しご無礼のこと、私こそ」
と応えました。
如月の部屋に集
「それより追腹のことにつきお教えのほどを」
「それよりも追い腹(の作法と覚悟)について教えて頂けませんか?」

「それじゃ。佐賀の方々は介錯無しの切腹追腹致されるとか。我ら別式として日頃より切腹切腹の覚悟は致し、作法一通りも心得ておるが、腹切ったる後介難を頂くものと承知いたしおるはそなたも存知おろう」
「はい、私も若輩ながらさよう心得、覚悟できておりまする」
「そうですね。佐賀の方々は介錯なしの追腹切腹をされるそうです。私達は別式女として日頃
「されば腹切ることに懸念はなけれど、介錯無しとなれば腹深く掻き切り、はらわた覗くまで致さねばならぬ。いや、はらわた溢れ出すまで致したとて直ちに息絶ゆるものではない。

苦痛をこらえ息絶ゆるを待つか、はらわた掻き出しさらに背に抜けるまで刃貫くかせねばなるまい。なににいたせ一層の覚悟がのうてはなるまいぞ」
「はい、お言葉どおりと心得まする」
「それであれば、切るまでしないといけません。いいえ、腹腸溢れ出すまでしたとしたも、直ぐに息絶えるものではありません。苦痛をこらえて息絶えるのを待つ
「ならばそのつもりで腹のきりよう篤と思案が肝心。よいな。佐賀のお方に後れをとっては当家の恥」
ふたりは顔を見合わせ頷き合います。
傳高院様への殉死追腹は期せずして鍋島、上杉両家の女同士の腹切り比べとなりました。
   只切腹するだけでなく如何にどの様に目覚ましい切腹の様を見せるか、腹の切り様の様子が否応なく比べられることになります。
「そうであれば、そのつもりで腹をどう切るかじっくり考えるのが大事。いいですね。佐賀の方々に敗けては私達上杉家の恥になるのです。」
二人は顔を見合わせうなづきあいます。
傳?院さまの殉死追腹
特に上杉家の別式としては、別式の面目にかけて見事に致さねばなりません。如月と葉月はそれぞれに切腹の仕様について想いを巡らせます。見事に目覚ましく、しかし仕損じてはならぬ、目覚ましき切腹は苦痛も甚だしいは必定、苦痛に耐え切れぬときは不覚を取り恥となる。さりとて並の切腹で佐賀の方々に劣る腹の切り様ではこれ亦上杉の別式とし面目たたず。二人は己が腹切る姿様々に想い浮かべるのでした。
特に上杉家の別式女としては、その面目にかけて見事に切腹しなければなりません。如月と葉月はそれぞれ切腹の仕方について思い巡らせています。
見事にめざましく(腹を切らねばな
殉死追腹の儀は傳高院初七日の法要が行われた後、下屋敷の庭先に切腹の場を設け、執り行われる事になりました。佐賀より供して参った者、そして当上杉家の者併せて六人の女が追腹殉死を遂げるという大事になりました。
殉死追腹の儀式は、傳?院さまの初七日の法要が行われた後、下屋敷の庭先に切執行される事に決まりました。佐賀より傳?院さまのお供して来た者と上杉家の者併せて六人の女が殉死追腹を遂げるという、大きな儀式となりました。
佐賀よりの女は松川は三十半ば侍女も二十半ばの年増です。上杉方の三山は松川と同年、如月は二十をややすぎ、葉月は十八です。
些か上杉方が身分、年齢としては劣る感がありますが、考えようによっては春秋に富む若い女が潔く追腹を切るのは忠義の心深いものとも言えるかも知れません。ともあれ希代の女腹切りが行われるとあって家中はひそかにあれこれと噂しさりです。無論表向きには内密のことです。切腹には江戸家老の柿崎内膳が殿の代理として見聞、検視役には目付けの下山十衛門と奥向き総取締九島があたります。何分女人の切腹故介添えその他亡骸の始末等すべて奥の女たちが取り仕切ります。また希代の女の切腹なれば後日のため望む奥女中は特に見聞が許されました。恐ろしいもの見たさ、好奇心、いえ武家の女としての心得までと様々の理由で殆どの奥の女たちが見聞を望みました。無論籤に外れた別式たちは当然介添え役として臨みます。
また非常に珍しい女腹切ですので、後ほどの参考に見てみたいと希望する奥女中には、特に見学が許可されました。怖い者見たさ、好奇心、いいえ武家女としての心得でと、さまざまの理由でほとんどの奥女中達が見学を望みました。


   当日下屋敷では目付け十衛門が指図し別式たちがこれを受けて切腹の場を作ります。三方を上杉家の紋の幕を張り巡らせ、裏返した畳二枚を重ね白布団を置きます。亡骸はそのまま布団に包み棺に入れます。一人一人切腹度に取り替えます。切腹の場をはさみ片側に佐賀の者、反対側に上杉とそれぞれ座を占めます。従って切腹する様を互いに十分見届けることができるわけで、ますます腹切り比べとなるわけです。
前以外の三方(左右後)を上杉家の家紋付の幕で張りめぐらせ

自分の前に切腹する者がどのような腹をきり様をするか、それを見届けて己が切腹の場に直るのですから否応なくそれに劣らぬ切り様を見せる心になるのは必定です。無惨ともいえますが、外に控えて一人づつ呼び出され幕の中に入れ検視役の見守るだけの切腹はいやでございますと、如月のはっきりとした決意によるもので、激しい対抗心の現れでしょう。幕の外にいて切腹人の呻声や喘ぐ息づきを耳にし、今どのようにお腹を召されているのかとあれこれと思い巡らせるような気詰まりはいやでございます。
それ(前に切腹した殉死者の死に様)を見届けてから自分が切腹の席に座るのですから

佐賀の方々のお腹の致されようをしかと拝見し、そして皆様はじめ佐賀の方々の面前でご当家別式の晴れの切腹姿をお目にいれて心地よう追腹お供致しとう存じます。
この上杉家別式女の切腹姿を御覧にいれて、心地よく追腹して(傳?院さまの)お供をしたいと思います。
佐賀のお方とて同じお心でございましょうとの決意に、佐賀の方の意向をただしたところ、異存はございませぬ。佐賀の家法にても忠義の追腹は時のもの、ひそひそとなぞ致しませぬとのきっぱりとした返答でした。なにやらまるで遺恨含みのような雲行きに内膳と九島は改めて殉死の心を忘れるでない、佐賀、上杉共に傳高院様へのあの世までのご奉公なるぞ、釘をさしましたがどのようにそれぞれ受け取ったか、ともあれ当日が参りました。
どうもまるで互いに争い恨みあうような雰囲気に、内膳と九島は改めて「殉死の精神を忘れてはいけません。佐賀、上杉両家共に殉死ははあくまで、傳?院様のあの世までのご奉公ですよ。」と釘を刺しましたが、どのように人達がそれぞれ受け取ったかわかりません。ともあれ殉死の当日がやってきました。


菩提寺長松寺での法要が、終わると六人の女はそれぞれ駕篭に乗り下屋敷へと向かいます。見送る侍たちも好奇心と畏敬の念を込めて送ります。拝見の奥女中たちも下屋敷へと急ぎます。六人の追腹は午の下刻から行われる手はずです。介錯なしのこと故、切腹して息絶えるまでどのくらいの刻がかかるか分かりません。一応一人四半刻としても六人では一刻半、二刻とみれば終わるのは夕刻になります。検視役、見聞する者、何より殉死者当人も最後の者は無惨な切腹の様を幾つもじっと目にして刻の至るを待たねばなりません。その間の心の有り様はどのようなものか。余程しかとした覚悟が無うては耐えきれぬことです。その辺も考慮してか法要はわりにさらりと済まされました。
よほどしっかりとした覚悟がなくては耐えきれないことです。そのことも考慮してか、傳?院様の法要は割とさらりと済まされました。



殉死者はそれぞれ和尚より生前にすでに供養を受け戒名を貰い傳高院の墓の傍らに掘られた己の亡骸が葬られる穴を目にしています。切腹終わった亡骸は大甕に座した姿でいれられ葬られます。巳の刻に下屋敷に着いた一行はそれぞれ控えの間に分かれて座りおよそ後二刻足らずの今生の最後の刻を過ごします。しばらくして食事が出されます。普通形ばかりに箸をつけるのが心得ですが、存分に腹を切るにはしっかりとした覚悟と力が必要で介錯で首を落とされることは無いので口伝に首の切口から飯粒が洩れる故、食すなという心配はありません。しかし腹切ってはらわたが溢れ出したときはらわたを傷つけて苦しいことになりはせぬかという心配もあります。

しかし如月と葉月は普通に食事を採りました。一つには殉死に臨んで平静心を失わぬ心意気を示したかったのと、やはり苦痛をこらえて腹を切るには余力十分に蓄えてとの存念でした。もしはらわたを傷つけての心配をすれば同日か前から食を絶たねばならず、それでは到底存分な切腹できせん。三山は控えめに済ませたのは自分なりの考えでしょう。佐賀の方々も大体やや控えめといったところで互いに思うところは同じことに落ち着いています。余生というには余りに短く無為に待つこの数刻は寧ろ一番辛い時かもしれません。如月が「不手際なから辞世認めましたれはお慰みまでにご披露いたしましょう」
とその場を取り持ちました。
「不手際なから辞世認めましたれはお慰みまでにご披露いたしましょう」
 「ほう、如月は文武両道の達人じゃな」
三山がほほえみます。
「刀さばほどににはなかなかーーーではーーー」
如月が微笑ながら
三山:「武士におとらぬ様のおいはらと後の世まてに名をととめはや」
 とお詠みあげました。
如月:「上杉家の別式として佐賀の方々に劣らぬ恥ずかしいからぬ追腹を切る覚悟にございます」
と決意のほどを述べます。三山も
「当家の面目にかけて見事に致さねばなりませぬが、そなたらは別式、日頃より覚悟あろが、この身は武家の女として自害の作法覚悟はあれど、腹切ることは不案内。取り敢えずそなたが教えくれたが、いざ寸刻ともなるとやはり心もとのうてーーーー。死する覚悟はあれど、まこと腹切る苦痛に耐えかねて見苦しささま見せはせぬかと気掛かりじゃ」
と弱気を見せます。

「なにを仰せられまする。女は殿ごより苦痛に耐える力がございます。やや子を産むことを思えば腹切ることも同じ。躊躇うてはかえって苦痛が長引きまする。教えいたせし如く、思い切って一気に深く突き立て一息に引き回し、そのままお腹をえぐりながらお伏せになれば、刃はお腹を串刺しに貫いて背に抜けまする。お息ある間、刃をえぐり続けらればおのづと何時しかお息が絶えまする。

腹串刺しにお伏せになる頃おいは、もはや苦痛など覚えず半ばあの世に足踏み入れておられましょう。三山さまは一番後にお腹召されることになりますれば、それまで我等ははじめ佐賀の方々の腹のきりざまご覧為されることゆえ、皆の者が仕遂げしことを出来ぬ道理はなしとご会得なされましょうほどに、ご懸念無用と存じます」
と改めて励まします。
「ほんにさようじゃ。この後に及んでの不覚悟。老女として恥ずかしき事じゃ」
「いえ。誰と手切腹など生涯ただ一度、初めての終わり。如月とて同じでございます」
「とあれこの身が追腹の最後を致すことなれば、恥ずかしからぬ腹を致さねばなるまい。さてどのように致すかーー」


三山がちょっと考えこみます。語り会うことで刻の過ぎるのを紛らす思いもあります。
「なににいたせ、女の追腹、それもまことに腹切るなど戦国乱世なればいざ知らず、天下太平の世となりては前代未聞のこととして後々までの語り草となりましょう。武門のものとしてまこと嬉しさことにございます。のう、葉月どの」
「まことにーー私ごとき者が後世までに名が残るとなれば存分に致さねばと心しておりまする」
    月も柔やかに応えます。
「それにしても佐賀の家風はすさまじきものよ」
「いかさま、一体に九州は気の荒き土地がらにて龍造寺の昔より鍋島の今日まで、また薩摩の島津、肥後の加藤、なと荒武者の気風まだに残りおりまするとか。一つには上様お膝もとより遙かにて当今の気風なかなかに及ばぬかとも」。
座談に過ごすのは迫る最期の刻を黙して待つよりはとの心が為せる業でしょうか。そのうち部屋の外に人の出入りする気配が伺われましたが、やがて
「間もなく刻限近うございますればーーー」
と襖越に声がかかりました。さすがに三人は一瞬面を硬くしましたが互いに面を見合わせうなづきあいます。既に覚悟は定まっています。もう一度念を入れ白無垢の身支度を改めると今度は静かに目を閉じて息を整えます。しんと部屋内が静まり返り庭に面した障子に当たる松影が明るい陽ざしをうけてくっきりと映えじています。廊下に足音がして障子の陰に人の気配がして
「ごめんくだされませ」
と声がして静かに障子が引き開けられました。女中が二人手をつかえています。
「刻限にごさいますれば、ご案内いたしまする」
三人は再び目を合わせ立ち上がり再度は還ることなき黄泉路への一歩を踏み出しました。前後を二人のお女中に挟まれ緑側を歩みます。
下屋敷の庭に三方を幕で囲み緑側に面した方が開いています。幕の奥中央に作法通り裏返した白布で巻きその上に白布団を置いて切腹の場が設えられています。この白布団の上で切腹し布団ごと亡骸を包んで棺に納め、一人毎に白布団を替えるのです。切腹の場をはさみ、佐賀と上杉の者が両側に向かいあって座を占めるようになっています。そして交互に切腹の場に上り追腹を切るのです。当然そのさまはすべて目にするわけで最後に座に着く三山は五名の腹の切り様を見ることになります。上杉方の三名が緑側を回り庭に張られた幕を目にしたとき、反対の方から佐賀の三名が姿を現しました。導かれて幕の内に入りそれぞれ向き合って座を占めます。

    幕の開かれた一方は広い緑に面し追腹を拝見する奥女中たちが居並んでいます。家老の柿内内膳が殿の代理として正面に座し、切腹の場に向き合い検視役として九島と下山十衛門が座を占め、介添え役として残る別式の者は特に許されて幕の内に、その他の下役の女中たちが幕の外に整えます。奥女中たちは、女の切腹の様は如何ようなものか望む者は拝見を許すと言われ、同じ女人が腹切って呻き悶える姿を目にするのは恐ろしいようなまた恐ろしいもの見たさに、互いの様子を窺っていましたが一人が拝見いたしますと言うと、拝見せぬのは恐ろしいからと思われてはと、結局一同揃って拝見となりました。
下山十衛門は頃合を見計らい、家老の柿崎へ合図をおくると、柿崎家老が頷きました。
「ではこれより傳高院さまお供の追腹の儀を執り行う。皆の者、追腹致される忠義の方々の晴の様、しかと見届け送りいたされよ」
と奥女中に告げ、
「ではーー」
とお供の方へ一礼して腰を下ろします。
佐賀方より、侍女おゆうが立ち上がり家老の方に一礼しておもむろに切腹の場に上りました。白布団の中央に座を占め軽く頭を下げると、短刀に白布を添えて置かれた三方を捧げ持って別式の一人が現れ、おゆうの膝前に据えて引き下がります。
罪あっての切腹ではなく、殉死のそれですから腹切り刀も切腹人の望む物を使い、鞘のままに供します。
座に着いたおゆうの面はさすがに強はばり、やや蒼白に見えるのは覚悟十分とはいえ、六人の追腹の先駆けとしてやはり心易からぬものがありましょう。おゆうは三方を引き寄せ短刀の鞘を払い己が腹を割く刃に見入ります。刃渡り約八寸ばかり、反りのないやや細身のそれは女の手に相応しい姿を見せて、しかし冷たい光を放っています。三寸ほど刃を出して添えられた白布でを刃を巻締め三方に戻し、白無垢をきっちりと締めた帯に手がかります。次第に緊張の気が高まって女中たちも思わず身を固くして参ります。


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